連載第5回 00/8/22


特別編Tさんの体験談」


 
「絵本制作助手」。
 この職名に惹かれて某N出版社へアルバイトの面接を受けに行ったのは、二年半ほど前の冬のことです。文や絵をかくのが好きだったし、いずれは出版関係に就職したかったので、私にうってつけの求人案内だと思いました。
 N社はこぢんまりとした5階建てのビルを構えていて、下は幼児教室、一番上の階が出版部になっていました。
 指示通り出版部へ赴くと、そこは居住スペースを無理矢理事務所にした感じです。アットホームな雰囲気で、私は応接室に通されました。
 しばらく待っていると現れたのが明らかに変なおじさん。三つ揃いを着て一応はきちんとしているのですが、男性にしては妙に甲高い声で「こんにちは」と親しげに話しかけてくるではないですか。そこに働いている事務などの方とは人種が違うようなので、お客さんかと思い、適当に笑顔を浮かべて返事をしました。
 しかし、それが社長だったんですね。
 「にこにこしてていいなあ」などと言われ、およそ面接事項とは関係の無さそうな会話を交わした後、六畳のこたつがある和室=社長室に通されました。その辺からです、「訴えたりしないでくれよ」などとアヤシイ言葉を発し始めたのは。
 私もさすがにヤバイ会社なのかなといぶかしく思いました。でも、そばで働いている人たちは普通そうだし、まるで「馴れっこなのよ」と言わんばかりに知らん顔をしているのです。
 社長室では、いよいよ本題の絵本の話になりました。
 「文を書くのは好きか?」
 「ハイ」
 「そうか、じゃあいっぱい書いてくれ」
 「?」
 「百作くらい書けばそのうち一作くらいはいいのがあるから」
 「はあ??」
 「そのかわり、出版したときに『私が書いたのに名前が載ってない』なんてこと言うなよ」
 「?」
 「裁判沙汰になると面倒だからな」
 疑問符だらけだった私の脳みそでも、やっと事態が飲み込めてきました。つまり、「絵本制作助手」というのは、作家さんの下働きとかベタ塗りの手伝いとかをするわけではないのです。バイトの私がストーリーを考え、文章を作る。そして有名な作家の名前を冠して世間に出す。
 さらにその著名人の名が明かされました。絵本界では異例のロングセラーを誇る作家、Mでした。絵本やら児童文学に疎(うと)かった私でさえ知っているし、著作を目にしたこともあります。
 「M先生がね、先日講演会でお話しされたプロットがあるんだよ、それをボクが書き起こしたんだけどね。まずはこの筋書きを、もう少しお話らしくしてみてくれないか」
 そう言って社長は、ストーリーを箇条書きにした用紙を私に渡しました。

 結局、面接らしい話もあまりないまま、私はその社長に「なんとなく」気に入られ週に何日か働けるようになりました。まあ、そんな仕事を引き受ける私も私なんですが、社長以外はみんな優しい人達だったし、何より勤務時間の融通が利くのが大きな魅力でしたしね。仕事はお話の制作だけじゃなく、編集のマネゴトみたいなこともさせてもらえましたし。でも、3ヶ月も保たずに辞めました。ひとえに変な社長の言動一つで、あたふたと振り回される職場がイヤになったんです。
 その間、Mのプロットの肉付けのほか、文に仕立てたのは5,6作程度。どれも採用されなかったから、今じゃ何の問題もなく笑って話せますけど、作家といえども自分で書いてるとは限らないのかもしれないってことを学びました。
 M自身はちゃんとした作家なのかもわからないですよ。私が見たのはウラを操る編集者の行動だけですから。
 でも、売れるためならなんでもアリの世界なのかなって、ちょっと出版界からの洗礼をうけた気分ですね。


 こんなことあるんですよね、ホントに…。ちょくちょく聞く話だったりします。
 次回の内容はまだ未定です。もうちょっと待っていてくださいね。



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